紬って素敵!日本三大紬をご紹介します。 | 日本最大級のライフスタイルメディア サイトモ

紬って素敵!日本三大紬をご紹介します。

着物好きは概して紬好きなのだとか。手に届くお値段のものもあるけれど、かなり良いお値段のものもある紬の着物。どんなに良いお値段であっても、結婚式や入学式と言った正式の場には着て行けない最高のおしゃれ着です。そして日本三大紬は、着物好きならいつの日が手に入れたい紬の最高級品です。

まずは、紬とは何?から。

囲炉裏と丸座布団

囲炉裏と丸座布団

紬(つむぎ)とは、紬糸で織られた絹織物。蚕の繭から糸を繰り出し、撚り(ヨリ)をかけて丈夫な糸に仕上げて織ったもので、例外的に木綿を素材とするものを称することがある。紬の生地を縫製した和服を指す場合もある。
(中略)
江戸期に贅沢禁止令が出された折に高価な絹物を着ることが禁止された。しかし富裕な町人たちは絹を着ることを諦めずに「遠目からは木綿に見える」ということで工夫され、絹であるのに木綿と言い張って着ることができるようになるようにと好んで着るようになったという説もある。
(中略)
織るのに手間がかかることもあって現代では着物好きの人が趣味的に着用する衣装として高額で取引されている。
江戸時代は戦いのない平和な時代というイメージがありますが、色々な制約があったのですね。

紬と言えば、大島紬。

波打ち際

波打ち際

大島紬の起源は明らかではなく、千数百年前に中国から伝えられた古代染織がもとになっているとも、久米島から伝来したものだともいわれているが、奈良時代には養蚕が行われ、手紡ぎ糸で紬が織られていたことは確かである。
江戸時代の享保年間(一七一六~一七三六)には手くくりの絣紬がさかんに織られていた。しかし、当時、島民は絹物の着用を禁じられていたため、もっぱら薩摩藩への税として納められ、商品として生産されるようになったのは明治維新後であった。
大島紬は鹿児島県大島郡(奄美群島)、鹿児島市が産地です。泥染法が有名ですが、生まれたのは明治に入ってからです。洗濯物を田んぼの水につけたら、偶然、灰色に変色したことがそのきっかけなのだそうです。

大島紬と並び日本二大紬とされる結城紬。

緑の中の沢

緑の中の沢

結城紬は茨城県の結城市と隣の栃木県小山市で織られている紬で、特徴は真綿糸を使用していることと亀甲絣です。重要無形文化財とそうでないものがありますが、重要無形文化財の要件は、手紡ぎの真綿糸を使用していること、絣くびり(絣柄を出すために染色前に織糸を防染のために綿糸で縛ること)、地機で織られていることの3点です。この条件を満たしたて織られたものは組合で検査を受けて合格したものだけが商標を貰うことが出来るのです。
結城紬という名は、江戸時代に入ってから書物などに見られるものですが、歴史そのものは古く、第10代天皇である祟神天皇にまでさかのぼることができます。

日本三大紬、大島紬、結城紬に続く3つ目の紬には諸説あります。

生産数が少なく幻の紬とも言われる塩沢紬。

ゴツゴツとした岩場と空

ゴツゴツとした岩場と空

絹織物の一種。伝統的工芸品指定品。新潟県塩沢地方で18世紀後半からある越後上布の絣や縞の技法を,麻から絹へ原料を替えて織りついだ紬織物。経糸に小節(こぶし)のある光沢の少ない玉糸を選び,緯(ぬき)糸に真綿手紡糸を使った精巧な十字絣(蚊絣)が特徴。絣糸と地糸を混ぜて柄をおさえた表現が,紬地と合って上品な渋さを持つ。地緯に御召(おめし)緯を入れた塩沢御召もある。1万5000反織り出され(1975),安定した生産が続いている。
塩沢紬は生産数が少なく、幻の紬とも言われています。その昔は農閑期の収入源でした。新潟の冬の湿った空気が優れた品質につながっているのだそうです。しかし、どこの伝統工芸の世界にもある、技術を受け継ぐ方の育成が急務となっているようです。

釘も抜くことができるとも言われる牛首紬。

霧の中の朝

霧の中の朝

牛首紬の名は、その生産地である白山の麓の牛首村(現在の石川県白峰村)の地名に由来します。平安時代末期の平治の乱で敗れた源氏の落人大畠氏が、牛首村に逃れて来て山城をかまえた時、同行していた大畠氏の妻たちが機(はた)織りに優れていたため、その技を村の女性たちに教えたところから始まったと伝えられています。・・・
2匹の蚕が共同で作る玉繭(たままゆ)から作られる、太くて節のある玉糸を使って織り上げるのが特徴です。玉糸特有の節と独特の光沢は、白生地のままよりも、染め上げることで、野趣に富んだ優雅さと、素朴な民芸調の味わいが表れます。
牛首紬で釘を抜くことができることから、釘抜紬とも呼ばれています。一時期、廃れそうになったこともあるそうなのですが、地域の方に守られ、今があります。

喜多川歌麿も注目した上田紬。

冬のお寺

冬のお寺

真田幸村の父昌幸が農民に織らせた「真田織」が始まりです
千曲川沿いは桑の木が多く養蚕が盛んでした

「蚕都 上田」
製糸、機織りにも適した土地柄でした
大島紬、結城紬と並んで「日本三大紬」の一つに成長

しかし、戦時中には食べるものもままならず
上田紬は、一気に衰退
戦後、見直されて復活しました

長野県上田市に伝わる紬です。長野県には上田紬の他にも、松本紬、飯田紬、山繭紬など、様々な紬があり、全部まとめて信州紬と呼ばれます。また、上田紬は喜多川歌麿の美人画にも描かれています。江戸の人は流行りものに敏感で、浮世絵は当時の流行りを映し出しました。それに取り上げられているとは、なかなかです。
日本三大紬に注目しましたが、素敵な紬はまだまだたくさんあります。ご旅行の際に、その土地の紬に注目されてみても楽しいかもしれません。

元のページを表示 ≫

オススメの記事

まだデータがありません。

このまとめのキュレーター

カテゴリ一覧

新着のまとめ

最新のトレンドを知るなら、ここをチェック

FXで重要な資金管理ってなに?

kouda

知っておきたいドル円の歴史について

kouda

マイナス金利時代の今こそスワップポイントが狙い目

yamada

【英ポンドから】基軸通貨の歴史について【米ドルへ】

kouda

一目均衡表を使って楽しくFX

kouda

 

日本最大級のライフスタイルメディア サイトモ |